迷い続けた医師生活に、救いとなった“ある手術体験” — 3年目の春、僕が価値に目覚めた瞬間
- ノージャンル
私は渡辺航太、慶應義塾大学整形外科・脊椎脊髄班に所属し、日々手術や診療に向き合っています。
研修医時代は、専門選択に「特別な志があるわけではない自分」に、ずっと劣等感を覚えていました。
“なぜ医師を志したのか”と改めて問われると、答えが毎回違うほど揺れ動く自分がいました。
研修2年目、朝のカンファレンスや手術室では先輩たちの背中を見て、「学ぶ」「習う」ことに必死でした。
仲間が「整形を選んだ理由」を語る中、僕は自分の専門への熱意に、いつも何かが足りないように感じていました。
「僕はただ、中学時代の恩師の先生に言われたから…」「スポーツより手に職をと言われてなんとなく選んだだけだ」
そんな思いがいつも頭の片隅にあり、心のどこかで、自分だけが“志なき医師”なのではないかと焦っていました。
そんな自分を救ってくれたのは、3年目の春に経験した、腰部脊柱管狭窄症の手術でした。
高齢の男性患者さんは、長年足の痛みに苦しみ、杖が手放せない日々。手術の前、彼はこう呟きました。
「先生、歩けるようになりたいんです。孫と散歩がしたいんです」
その言葉が、まるで胸の奥に響きました。
「痛みをとる」。それはただの医学的ゴールではなく、「その人の人生を取り戻す一歩」そのものだったからです。
麻酔が効く中、それでも患者さんがカクンと安心の声を漏らした瞬間、
僕は初めて、「自分が医師である意味」を体感した気がしました。
自分の“価値”に気づいた瞬間
術後、患者さんがリハビリを経て杖なしで歩き、
「先生のおかげで、また人生が再開できた」と伝えてくれたとき、
その言葉と感情が、僕自身の心にも鮮やかな光を届けました。
それまでは「できる医師にならなきゃ」「得意分野を見つけなきゃ」とばかり考えていました。
でもその日、
「誰かの当たり前の日常を取り戻すこと」が、
自分にとっての“医師としての価値”なのだと腑に落ちたのです。
それからは、手術や診療だけでなく、退院後の患者さんと声を交わす場にも積極的に足を運ぶようになりました。
次に手術をする若い医師にも、
「その人がまた歩けるようになること」を意識して手術を組み立てるよう声をかけるようになりました。
一見、整形外科として当たり前の行動に思えるかもしれません。
でも心の中では、「誰のために」「どう価値を届けているのか」が明確になったことで、
毎日の診療が生き生きとした意味を帯び始めたのです。
おわりに
もし同じように、
「志が見えない」「価値がまだわからない」と悩んでいる方がいるなら、
「誰かの“日常の再開”」を支えられるかどうか、そこに視点を持ってみてほしい。
そのとき、きっと、
“自分の医師という存在意義”が、ゆっくり動き始めるから。
僕がそうだったように。
● コメント
Blog
私は脊椎外科を専門として、脊椎疾患全般の治療を行ってきました。その中でも最も力を入れているのが、脊柱側弯症と腰部脊柱管狭窄症です。
現在、慶應義塾大学病院においては安心で安全な診療、そして積みかさなる検証と実証により培われた医療を提供すべく小児科、小児外科、臨床遺伝学センター、麻酔科と密に情報共有し連携しながら診療を行っております。
腰部脊柱管狭窄症は高齢になると増えてくる疾患です。私は棘突起縦割式椎弓切除術を用いて、低侵襲でかつ安全な手術を心掛けて、多くの患者様の生活の質の向上を目指しております。
私は脊椎外科を専門として、脊椎疾患全般の治療を行ってきました。その中でも最も力を入れているのが、脊柱側弯症と腰部脊柱管狭窄症です。
現在、慶應義塾大学病院においては安心で安全な診療、そして積みかさなる検証と実証により培われた医療を提供すべく小児科、小児外科、臨床遺伝学センター、麻酔科と密に情報共有し連携しながら診療を行っております。
腰部脊柱管狭窄症は高齢になると増えてくる疾患です。私は棘突起縦割式椎弓切除術を用いて、低侵襲でかつ安全な手術を心掛けて、多くの患者様の生活の質の向上を目指しております。